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17卒鬱女の就活日記再び

躁うつ病な17卒女の内定日記、承認欲求の塊だよ。

意思が主張できない時期

中学と高校の時に社長出勤と家に帰りたくなくて教室に残っていた話をします。

 

 我が家はまぁ小学校低学年くらいまではそこそこ普通の生活をしてる家庭でした。

父親も働いていたし、母も専業主婦で祖母と家事をしていました。

 

しかし突然父が毎日家にいるようになり、よく怒ったり当たったり、暗くなったりするようになりました。これがパニック障害鬱病が原因で仕事を辞めたからだと知ったのはそれから半年後くらいでした。

そこからは節約生活が始まり、母も祖母も少しピリピリして、母はパートで仕事を始めました。

でもそう簡単に今までの暮らしから切りつめていけるわけ無く、だんだんお金がなくなっていきました。

 

流石に中学生になった私は家にお金がない事も父の病の事も理解をしていたので自分なりにお金を貯めたり、節約することを覚えました。

この時高校生な姉の反抗期が始まり、家に帰らない、学校に行かない、夜遊びをするっていう典型的な不良コースまっしぐらしていました。

そして弟も小学校で色々問題があり、父と母、祖母はそっちに手をかけていました。

私は家にいても学校にいても苦しいだけになって、かといって中学校で姉のことを聞くのも、帰り道小学校で弟のことを聞くのも嫌で学校に行くのを渋るようになってました。

今思えば私も反抗期だったのかもしれないです。

朝起きるのが億劫になり1人部屋に引きこもって一日中本読んでたり、3時間目くらいまでに学校行ったりしてました(社長出勤のしすぎであだ名は社長になりました)。

こんなことしてたら親も怒るだろう、あたしの話くらい聞いてくれるだろうと思っていましたが、そんなことはなく。じゃあ成績めっちゃ良かったらほめてくれるかもと思い勉強がスタートしました。(のちに無駄だったことを知ります)

受験は丸投げ。姉が高校を辞める騒ぎを起こし、わたしは放って置かれました。仕方ないと思い、よくある自称進学校に試験を受け、入学を決めました。

 

高校は普通に楽しかったと思います。

あまり自分に関しての記憶がなくてびっくりしました。

高1の時祖母がガンになり、春から冬まで闘病するも、他界しました。未だに身体が冷たくなっていく時を思い出してめちゃくちゃ涙が出ます。なんだかんだ言って家族で1番甘くて優しかったから大好きでした。

 

高2になり、受験コースのクラスに入りました。この時全員センターを受けると考えていた自分をひっぱたきたいです。

8割が私立の推薦AO、残り1割が国公立推薦、さらに残り1割がセンター組でした。

だから勉強時間もテンションも全然違う。

本当に貧乏と金持ちの余裕とかを思い知らされました。

父は相変わらずで、姉は彼氏と喧嘩して自殺未遂を起こしました。

夜中電話がかかってきて慌てて病院に行ったのを覚えています。命は無事だったものの手術しなくてはいけなくなり、手術費と入院費でお金がすごい飛びました。

この時から私の進路について考えないといけない時期が来たのですが、まぁ言えなくて勝手に1人で決めました。

この辺りから家に帰ると親がいるし姉がいるかもしれないとか、弟の反抗期が始まって家がピリピリしてて、どうせ私の話聞いてもらえないなって思い、家に帰りたくなくなるようになりました。

毎日放課後8時くらいまで学校にいたり、勉強って名目で部室にこもったりしてました。

部活でも色々めんどかったんですけどまた書きます。

 

高3、びっくりするほど受験受験受験でした。評定は良かったんですけど入りたかった学部が芸術系で、デッサンやっても下手くそだし面接で作った作品をボロクソに言われ腹が立ち国公立推薦は落ちました。私の半年を返して欲しかった、半年間毎日必死で大嫌いな面接練習とか、かけない自己推薦文とか頑張ったのになぁっていう気持ちがなんとも言えなかったし、教えてくれて遅くまで付き合ってくれた先生たちに申し訳なかったです。

あと、もしこの半年勧められた推薦を受けないでセンターの勉強にあてていたらもっといい大学入れたかもしれなかったから、自分を恨みました。

そんなクソ鬱メンタルの中周りの私立専門評定平均4.9以上の人たちは推薦に受かって遊び始めてました。ほぼ9割これの中センター勉強本当に辛かった…何回か耐えられなくて担任に泣きながらヒステリー起こしてました。

センター試験も結局ふるわず、受けられるのは国公立のみ、地獄か???

浪人もゆるされない、めちゃくちゃ泣きました。同じくセンター受けた子達も私立にポンって入っちゃって、憎みました。

 

散々だったんだけど、この時妹が高校受験で四則演算すらできないレベルのバカだったので親はそっちにハラハラしてました。私立に通わせられるほどお金に余裕がないからと、妹を塾に通わせました。私が通いたかった…

そんなこと言えないし、心配なんてかけられない、そもそも私なんかより妹の方が大事だと思っていたんです。

 

親には一応大学の話はしていましたが国公立落ちた時に言われた、勉強したのにバカだったんだなって言葉は向こうが覚えてなかろうが私は一生忘れないです。

 

そんなこんなでなんとか国公立の短大に入りました、この時2つ受かっていましたが、親からの「編入しろ」という言葉に編入率が高い方に行くことに決めました。この時3月末、ギリギリでした。

しかしまだまだ問題は起きます。姉が子供をおろしました。

妹には内緒にしてね、と私にだけ言われました。私にも内緒にしとけや、おかげで妊娠関係の話とか、本読んでる時に幸せな妊娠部分出て来ても気持ち悪くてダメになりました。ほんとどこまで人の人生を潰す気だあの家は…

 

支離滅裂でよくわかんないんですが学校に行かなくなった原因と残るようになった原因+αです。正直もう思い出すと恨み辛みとかでお腹いっぱいなんで生きてるのやめたいレベルでした。今もですけど、自殺未遂になって迷惑かけるの嫌だし借金あるから絶対死にませんけどね。

 

次は短大入ってから就活地獄まで書くと思います。

こんな自己満のストレス発散してごめんなさい。

 閲覧ありがとうございます。